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αβ が等しい」ということの ε 論法による表現


実数の等しさは、ε 論法で次のような論理式としてあらわされる[1]。言われてみればなるほどというものであるけれど、正直なところ何こここまでやらなくとも、というのが第一感であった。数学の世界は厳しい。

α,βR とする(R は実数全体の集合)。 このとき、αβ が等しい(α=β)ということは、実数 ε を使って ε>0(|αβ|<ε)α=β という論理式で表される。

この事柄を証明してみよう。一見してストレートに行きそうもないので、背理法で証明するという戦略を立てる。 見通しをよくするために P:={ε>0(|αβ|<ε)},Q:={α=β} とおくと、証明されるべき命題は PQ と書きあらわせる。これを、説明の簡便性のために R とあらわすことにする。そして背理法の常套手段通り、この否定 ¬R が真であるとする。つまり ¬R=¬(PQ)=¬(¬PQ)=(P¬Q) が真であると仮定するのである。すると、¬R が真であるためには、「『P が真』であり、かつ、『¬Q も真』でなければならない」ことになる。

¬Q が真でなければならないのだから、αβ が成り立つ、つまり αβ は異なることになる。それゆえ |αβ|>0 である。ここで取ってつけたように(証明のために) ε=|αβ|/2 という量を考える[2]。もちろんこれは 0 より大きい。

さて、P が真、つまり、ε>0(|αβ|<ε) が真であるとしているのだから、当然この関係は ε でも成り立つはずである。すなわち |αβ|<ε でなければならないことになる。ところがこの結果を整理すると \begin{align*} \abs{\alpha - \beta} < 0 \end{align*} となる。これは、絶対値記号の定義に矛盾している。つまり \lnot{\mathcal{R}} を真であると仮定すると、「\mathcal{P} は真」から「(絶対値に対する)矛盾」が導かれてしまうのである。したがって \lnot{\mathcal{R}} は真という仮定は間違いで \lnot{\mathcal{R}} は偽、言い換えれば \mathcal{R} は真ということになって背理法による証明が終わるのである。

少々趣の異なる別の説明も記してみよう。証明したい論理式は \begin{align*} \mathcal{P} \implies \mathcal{Q} \end{align*} だった。\mathcal{P} が偽のときは考えるまでもなくこの命題論理式は真である。なので、\mathcal{P} が真である場合に対してのみ頭を使う。そして背理法の仮定として \mathcal{P} \implies \lnot{\mathcal{Q}} であるとするのである。つまり \begin{align} \forall \varepsilon > 0\;\bigl( \abs{\alpha - \beta} < \varepsilon \bigr) \implies \alpha \neq \beta \end{align} が真であるとするのである。高校時代にお世話になった「結論を否定してその影響をみる」という戦略である。 これが真であるためには、今ここでは \mathcal{P} を真であるとしているのだから、\alpha \neq \beta も真でなければならない、ということになる。そしてここからは上の証明と同じ理路で矛盾が導かれる。結果、\mathcal{P} が真のときには

\mathcal{P} \implies \lnot{\mathcal{Q}} は偽。したがって \mathcal{P} \implies \mathcal{Q} は真。

となるのである。

この道筋では、\alpha = \beta を証明するにはその前に絶対値の定義をしておかなければならないことになる。そして \alpha \ne \beta ならば \abs{\alpha - \beta} > 0 を認めておかねばならない。とは言ってもそれは絶対値の定義からあきらかだ。\abs{c} \ge 0 であり、もし c \neq 0 であるならば当然 \abs{c} > 0 なのだから。

より丁寧にするならば(そしておそらく本来ならば)、\alpha,\, \beta ともに任意であるということ(すべての \alpha\beta について、ということである)も付け加えるべきなんだろうと思う。数学の教科書では、このような定理においてことさらにそれに言及しているものを見かけることは多くない。「\alpha\beta は実数とする」という最初の仁義切りにおいて、暗黙に任意性を含めている。そのくらい察しろよ、というわけか。もちろん \alpha,\, \beta の任意性を付け加えたとしてもて全て丸く治る。やってみよう。 証明すべき命題は、先の \mathcal{P, Q} を利用すれば \begin{align*} \forall \alpha \in \mathbb{R},\forall \beta \in \mathbb{R}\;\bigl(\mathcal{P} \implies \mathcal{Q}\bigr) \end{align*} である。これを \mathcal{S} とあらわすことにしよう。そして背理法を使うために、\lnot{\mathcal{S}} は真であるとする。\lnot{\mathcal{S}} を変形していくと \begin{align*} \lnot{\mathcal{S}} = \lnot\Bigl\{ \forall \alpha \in \mathbb{R},\forall \beta \in \mathbb{R}\;\bigl(\mathcal{P} \implies \mathcal{Q}\bigr) \Bigr\} &= \exists \alpha \in \mathbb{R},\exists \beta \in \mathbb{R}\;\Bigl\{ \lnot{\bigl(\mathcal{P} \implies \mathcal{Q}\bigr)} \Bigr\} \\ &= \exists \alpha \in \mathbb{R},\exists \beta \in \mathbb{R}\;\bigl(\mathcal{P} \land \lnot{\mathcal{Q}}\bigr) \end{align*} となる。先にも見たように、\mathcal{P} \land \lnot{\mathcal{Q}} は矛盾するので、当然のことながらこれを満たす \alpha,\, \beta は存在しない。したがって \lnot{\mathcal{S}} は偽となり、めでたく \mathcal{S} が真となるのである。

ついでに記号 \forall の使い方についてである。上の証明では \forall \alpha \in \mathbb{R}, \forall \beta \in \mathbb{R} と丁寧に書いたが、これはしばしば \forall \alpha, \forall \beta \in \mathbb{R}、さらには \forall \alpha, \beta \in \mathbb{R} というようにも書かれる。これが同じ内容であるということについてはもはや理屈はなく、慣れるよりしょうがない。\exists についても同様に然りである。


脚註

[1]  黒田紘敏氏の微積分学入門(参照したのは最終更新日 2024/10/30 のもの)からこの事柄を学んだ(37 ページあたり)。
[2]  この量 \varepsilon^\prime を本文では「取ってつけたように」と形容しているが、なにも天から降ってきたものではなく、それなりの常套手段に支えられたものでもある。背理法の理路のなかで \abs{\alpha - \beta} > 0 が出てきたから、これを利用して絶対値の定義との矛盾を引き出すことをゴールと見通し、そのために利用できるような量に思いをめぐらせ、\varepsilon^\prime に至るのである。そのためには \abs{\alpha - \beta} を使った量で、0 より大きく \abs{\alpha - \beta} より小さいものでないと上手くない。なのでその代表として \abs{\alpha - \beta}/2 を選んだ。もちろん \abs{\alpha - \beta}/10 でも構わない。\abs{\alpha - \beta} - 1 はダメである。経験を重ねないと、一発でこれを想起することは難しいとは思う。