Dirac のアクロバット


「朝永振一朗 著 (新版)スピンはめぐる みすず書房」 の第6話での Dirac の \begin{equation} e^{\pm \frac{i\Theta}{\hbar}} \psi(N) = \psi(N \pm 1) \end{equation} の式(P.122)について、 「厳密には正しくないのですけれど、それは発見論としてはいかにもディラックらしい面白いものですから、ここで紹介しておきましょう」 とある。そこで紹介されている証明が僅か6行。納得するには自分計算してみるしかなかった。やはりこれも 1 の効用であった。


何回(何階?)でも微分可能な関数 $f(x)$ を $a$ のまわりで Taylor 展開すると次のようになる。 \begin{equation} f(x) = f(a) + {f^\prime(a)}(x-a) + {\frac{f^{\prime\prime}(a)}{2 !}}(x-a)^2 + {\frac{f^{\prime\prime\prime}(a)}{3 !}}(x-a)^3 + \cdots = \sum_{n=0}^\infty \frac{f^{(n)}(a)}{n !} (x-a)^n \tag{1} \end{equation} ここで、$x - a = 1$ とする。ゆえに、$x = a + 1$ でもある。すると(1) はそのべき乗の部分がすべて 1 になるので、 \begin{equation} f(a + 1) = f(a) + {f^\prime(a)} + {\frac{f^{\prime\prime}(a)}{2 !}} + {\frac{f^{\prime\prime\prime}(a)}{3 !}} + \cdots = \sum_{n=0}^\infty \frac{f^{(n)}(a)}{n !} \end{equation} となる。ここで「不遜」にも、これを a の函数であるとみなす。 (個人的に)見通しよくするため、微分の書き方を Leibniz 流に変えると、次のように変形できよう。 \begin{equation} f(a + 1) = f(a) + \frac{d}{da}f(a) + \frac{1}{2 !}\frac{d^2}{da^2}f(a) + \frac{1}{3 !}\frac{d^3}{da^3}f(a) + \cdots \nonumber = \left( 1 + \frac{d}{da} + \frac{1}{2 !}\frac{d^2}{da^2} + \frac{1}{3 !}\frac{d^3}{da^3} + \cdots \right) f(a) \tag{2} \end{equation} ここで、不遜に不遜を重ねる。括弧の中は、$\frac{d}{da}$ をあたかも一つの「数」とみなすと、指数関数の Taylor 展開であるとみなせる。 よって、(2)は、 \begin{equation} f(a + 1) = e^{\frac{d}{da}} f(a) \end{equation} とも形式的に表せ、いわゆる「再帰的(漸化式的)」な表現を得るのである。

さて、ここからは物理である。 上記の $f(a)$ を $\psi(N)$ とする。$e^{\frac{i\Theta}{\hbar}}$ においては、$\Theta$ は「$N$ に共役な運動量であるから、それを $N$ の関数に施すときには、$-i\hbar\frac{\partial}{\partial N}$ と考えてよい」とある。従って、 \begin{equation} e^{\frac{i\Theta}{\hbar}} \psi(N) = e^{\frac{\partial}{\partial N}}\psi(N) = \psi(N + 1) \end{equation} となり、微分、偏微分の違いこそありすれ、求めるものが導出できた($\pm$ の ($-$) の場合は、$-a$ の周りで Taylor 展開し、$x + a = 1$ を用いれば導出できるはず。「対称的」であるはずだし)。

とはいえ、実に思い切りがいいというかなんというか。 $\frac{d}{da}$ を数とみなして指数関数の肩にのせるなんて、仮に思い付いたとしても実行するまでには少々抵抗はある。 でも、そういうことに萎縮しては、おそらく、いけないのだろう。さて、数学的に厳密に正しくやるにはどうするのだろう?


Original: 2011/11/6; updated: 2017/5/14
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